SALVATORE ACCARDO / PAGANINI 6 VIOLIN CONCERTOS★アッカルド・パガニーニ 5LP
シャルル・デュトワ指揮の 5 枚組 set であるが, わずか 860円で落札した. 元旦の落札のため送付されたのは1/10と遅れ, だまされたかと思った. さて, パガニーニのヴァイオリン協奏曲 2 番であるが, 有名な 3 大ないしは 4 大ヴァイオリン協奏曲と比較して優るとも劣らないと最近は考えていた.しかし, 吉田秀和著の名曲 300 選 (私の音楽室) の中にはパガニーニの名前はあっても 1 曲も選曲されていない. 彼は他にもショパンの有名ピアノ曲やピアノ協奏曲を選んでいないので一般とは異なる偏向がある. それを AI に聞いてみた. (Chat GPT)
吉田秀和の名曲300選にはパガニーニはほぼ選ばれていません,どうしてでしょうか?
とても吉田秀和らしい点に目を向けておられる質問だと思います。
結論から言うと、吉田秀和の音楽観・価値基準と、パガニーニの作曲美学が根本的に合わなかったことが最大の理由です。
① 吉田秀和の「名曲」観
吉田秀和が『名曲300選』で重視したのは、単なる人気や名声ではなく、
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作品としての構造的完成度
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音楽史の中での必然性
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精神的・内面的深さ
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反復鑑賞に耐える普遍性
でした。
彼はしばしば「技巧が前面に出る音楽」や「即物的効果を狙った音楽」に非常に厳しく、
それがどれほど聴衆を沸かせても、名曲とは別に考える傾向がありました。
② パガニーニに対する評価の低さ
パガニーニは音楽史的には極めて重要ですが、吉田秀和の視点では次の点が問題になります。
● ヴィルトゥオーゾ性が目的化している
パガニーニの作品の多くは
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超絶技巧そのものが「主役」
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構造や和声は比較的単純
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効果的だが内面的展開に乏しい
吉田はこうした音楽を
「演奏会用の妙技」「演奏家の身体性に依存する音楽」
として、作曲作品としては高く評価しませんでした。
③ 「音楽史上の重要性」と「名曲」は別
吉田秀和はこの二つを厳密に分けています。
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パガニーニは
→ ヴァイオリン奏法の革命者
→ リスト、シューマン、ブラームスに影響 -
しかし
→ その作品自体が名曲かどうかは別問題
彼にとってパガニーニは
「歴史的存在」ではあっても「鑑賞の中心に置く作曲家」ではない
という位置づけだったのです。
④ ロマン派評価の軸が「内面」にある
吉田秀和が高く評価したロマン派は、
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シューベルト
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シューマン
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ブラームス
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晩年のベートーヴェン
といった、内省・精神性・形式の深化を重んじる系譜です。
一方パガニーニは、
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外向的
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劇場的
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悪魔的・奇想的
であり、吉田の美意識から見ると
ロマン派の「深さ」より前段階に留まる存在に映ったのでしょう。
⑤ もし吉田秀和が1曲選ぶなら?
仮に、という話ですが、選ばれる可能性があるとすれば、
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《カンタービレ》作品17
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《ヴァイオリン協奏曲第2番》第2楽章
のような、技巧が前面に出ない叙情的な楽章でしょう。
それでも300選に入るかは、かなり疑わしいと思われます。
まとめ
吉田秀和の『名曲300選』にパガニーニがほぼ登場しないのは、
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技巧偏重への根深い警戒
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作曲作品としての内的必然性重視
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「演奏家の伝説」と「作品の価値」を切り離す姿勢
による、意図的かつ一貫した選択です。
これはパガニーニを否定しているというより、
「名曲」という言葉の定義が極端に厳しいということだと思われます。





