ED4013 一次完成

珊瑚製ED40 HO キットが一次完成に至りました. こうしてボディーを付けて走行させると動力部分完成時とはまた違った走行性能になり, まだ調製は必要ですが,少し休憩です. あとは窓硝子と点灯作業が残りますが相当にモチベーションが働かないとだめです. 鉄道模型工作中のうつ状態突入です.

ED40へ

ハンドレールナブ(ノブ)

鉄道模型社の ED17 を改造する過程で, ハンドレールナブにロスト製と挽きもの(旋盤加工)があることに気づいたが, 後者のほうが造形的には優れている. 最近手に入れたマクロレンズで旋盤加工で製作されたと思われるハンドレールナブを撮影してみた. 左から珊瑚模型製, ニワ模型製, SARUHASHI 製で, それぞれ高さは 1.8, 1.2, 1.2 mm であり, 取り付け孔は両側のものが 1mm でありいかに小さい部品がよくわかります. この球形の部分にさらに小さい 0.45-0.5 mm の孔が開けられているのですが, どうやって中心に孔を開けるのか私にはわかりません. さて鉄道模型のブラスキットはこのような精密な部品の集大成であり, キットの製造がいかに大変であるか部品メーカさん含めて頭が下がる思いです.

電気機関車の100年 – ED40 重要文化財指定-

横川側
軽井沢側

上記左と同じタイトルの交通新聞社の新刊 ムックを手に入れた. この出版社を私は知らず鉄道ダイヤを出版していると知り, 私は鉄道趣味のモグリを自認するに至った. 1919年(大正8年)国産初の電気機関車 10020(後のED40)が鉄道院大宮工場で生まれた.官ではなく民間で製造され鉄道院へ納入された最初の電気機関車は機械遺産にも認定された ED15で, それは7年後の 1926 年(大正 15 年)のことである. ED40 は EC40 を手本に製作されており,信越本線のアプト路線用だが国産最初の電気機関車が特殊な構造を持っていることは興味深い. ED4010 は大宮の交通博物館に収納されており (この車両自体はまだ100年経過していません), 数年前に実物を見た第一印象は電気機関車らしくない, 藁を格納する納屋という感じであった. 展示では 1 エンド側つまり過分数でひさしがでた方に人形がいてなにか作業をしている風景を表わしている. さて私のメインコレクションは輸入電気機関車なのだがやや飽和気味で, アプトの歴史をひもとくことで路線を走った機関車を国産含めて集めたくなった. そこで早速珊瑚模型製の ED40 キットを探したところ, 運良く手に入れることが出た. まさか昨年現物がED16と共に重要文化財に指定されていたとはまったく知らなかった. 上記写真は以前尋ねた折に撮影したビデオから切り取ったもの.

最後の写真は購入時に売り手さんが撮っておられた写真です. 珊瑚模型の特徴で動力部分はこのように半完成になっており, 製作意欲がそそられます. 話変わって残念ですがこの珊瑚模型さんが店を閉じられたようです. これは安井模型さんで聞いた信憑性が高い話です. HO/16番ゲージの一つの歴史が閉じられた悲しい思いで一杯であり, この 1 品を手に入れたのは大変貴重なことでした. ED40(アプト)製作記.

スーツケースのキャスター交換 -ドリルであっという間にー

サムソナイトの少し古いスーツケースのキャスターを交換しました. ゴムのタイヤ部分のみが劣化して 剥脱した状態でした. いつものようにレストア前の写真は撮り忘れ. 上記は交換後です. 元の構造は net からた似たものの新品で示します. この投稿は you tube 等でキャスターのシャフトを鉄鋸で切断するという大変な作業をしているのを気の毒に思ってです. もし電動ドリルをお持ちであればこれを試して下さい. 1個数10秒でメインな仕事は終了です.

上記とほぼ同様な外観構造でした. 一側の軸の中央が凹んだ状態はかしめで軸が固定されていることを示します. 軸の直径を数ミリ越える径のドリル刃でこのへその部分をさらって (削って) しまうと軸を簡単に抜くことができます. この場合軸ののシャフト径は 6mmでドリル刃は 6.5mmでした.

使用した日立製の電動ドリルですがまずは 6 mmで,すこし手応えがないので 6.5mm にしましたら 20 秒もしないうちに軸が抜けました. これを 4 回作業します.

長さの異なる新品軸と中心に置いたのが取り去った古い軸. 以下の写真が購入品です.

車輪径40mm 幅 18mm 軸長32/35mm

あらかじめ交換する車輪径や軸幅をノギスなどで良く測定してから交換のセットを購入しておきます. この場合は軸長は 3 mm 違いのものがもう 1 セット入っており, ワッシャーも 8 つ入っていました. さらに親切なことに 6 角レンチも 2 本入っており申し分なし. 寸分の差なく互換性でした. これで 1750 円でしたからとてもコストパーフォーマンス高いです. これができなければ何万円もするスーツケースを購入し直しです. ちなみに上の車輪はゴムが劣化して脱落してしまい中心のプラスチック部分が残存した状態です. 交換した結果ですがまったく無音で滑るように動きました. ベアリング入りで1 ランクレベルの上がるレストアです.


JR 博物館 リニア・鉄道館に行きました

2019年の日本内科学会が開催され, 点数を取りに名古屋のずっと南にあるポートメッセと言うところまで行きました. すぐそばに JR のリニア・鉄道館があり, 念願が叶って訪問できました. 残念ながら撮影はスマホによるものです. 多くの写真が微妙にぶれています. 三脚を持っていかないときれいに撮れません. 博物館側は照明のことを十分に考慮してくれていませんので機関車の台車が見える側では照明の回りが悪く, ストロボを使用しないと構造まで上手く写らないのです. 当日は連休中にもかかわらずまったく混雑しておらず, 結構穴場かも知れません. さてもっぱら ED11 と ED18 を撮影しましたが, ほかにも貴重な蒸気動車 (かって明治村にあったが最近見当たらなくなって気にしていましたが) などもありました. ギャラリーにいれましたので是非見て下さい. リニア・鉄道館

車祓いと介護予防

この二つの語はお互いにまったく関連がないが、両者とも私の持っている語に対する感覚によると相当に異和感を生じる語なのだ. まずは名古屋は熱田神宮の横を車で通ると車祓いの字が見える. 恐らく新車を購入した方が事故などを予防するためにこちらに来て何かを祓って頂くのだろう. 簡単に言えば交通安全祈願と思われるが, 祓うというと私には悪魔祓いという言葉が念頭にある. 車のお祓いと言えば自然であるが悪魔祓いのように追い払うものが悪魔であるので車祓いは車そのものを除去してしまうイメージを持ってしまう. 車のお祓いで良いのではないのか. 次は介護予防であるがこれは要介護にならないように予防する手立ての事をさす厚生労働省の語である. 介護は要介護者に対して介護をする立場にある人の行動を含めた総体を指しているが, 介護予防という語には異和感をもつ. 介護に対して医療という語もあるので, 医療予防という言葉もあり得るが, 介護も医療も予防するべき対象とは言えない. あくまで要介護状態や病気になることを予防したいのだ. 要介護にならないための予防にどんな語が適切なのか? 厚労省も苦労してこの語を設定したと思われるが, 少なくとも要介護予防のほうが自然では.

印刷された Excel の表を Excel file にする方法

私の机の横には Fuji Xerox DocuCentre-Ⅳ C3375 という複合プリンターが置いてあって大変重宝している.
本来のコピーや印刷以外には印刷された文書を scan し, OCR にかけるなどして文書管理や, PDF 化して文書を format として利用したりすることにも使用する. 印刷された Excel file しか利用できない場合にそれを Excel file に戻す方法がないか探索する機会があった. まずは罫線が引かれていない Excel の表を scan して OCR にかけたがこれはうまくいかない. そこで罫線を引いて印刷したものを scan すると OCR もうまく動作した. 何の知識も無く DocuWorks Viewer 上の OCR 結果を Excel の上にコピペしたら何とExcel の上にきれいに展開されたので, 非常に驚いた. 通常 word の上の文字や数字はどれほど規則的に並べられていても Exel 上にコピペすると全て一つの cell に入ってしまう設計であり, この動作には驚愕だ. そこでもしやと思って Xerox の HP を見ると. DocuWorks Desk から設定して Excel file に変換する方法が書かれてあった (私の方法のほうがもっと簡単ですが…). それは 「DocuWorks ワンポイントTIPS ―21.スキャンした表の文書を Excel に変換」 です .

輸入電気機関車の雄 ED54 完成

大きな車輪を持つスイス生まれのED級電気機関車であり, ブフリという特殊な動力伝達機構を有するためにまったく左右の側面形態が異なる, 大変無骨なスタイルを有する本機はまさに輸入電気機関車の雄であると思います. このED54 という輸入電気機関車の模型は今は無き鉄道模型社ないしは精細高級で名高いムサシノモデルからしか出ておらず, 前者のものでもキットのみの販売で, ヤフオクに出ていたとしても思い切った金額を入れないと入札に成功しません. 私もこれをもって一通りの輸入電気機関車が揃うという段階でようやく手に入れることができました. 仕掛かり品で, この状態にまで製作していただいた方には大変感謝です. このキットが最初に発売されたのはまだ日本のHO/16番ゲージの黎明期で, その時期にここまで完成度の高いキットが販売されていたこともまたすばらしいことです. 調べると発売初期には左右のエッチングに間違いがあった時期もあり, 駆動装置も初期は B, C 軸を駆動して, A, D 軸にはスプリングベルトで伝導とありますが, その後修正のため最終の駆動伝達方式に変更するキットが発売されたとのこと. A軸とD軸が左右に首を振って線路の弯曲に追従する仕組みはなんと実物と同じであると知った時には本当に驚きでした. 完成に至るまでの経過を是非記事で読んで下さい. ED級輸入電気機関車

左手のピアニストから

先日放映された「私は左手のピアニスト」には非常に感動した. 大阪府箕面市において 2018年11月2~4日に開催された「第1回 ウィトゲンシュタイン記念 左手のピアノ国際コンクール」に参加されたピアニスト達の人間模様を取材したもので, 上位入賞者のみでなく, 障害の中から一縷の希望を見つけ, 左手のピアニストとしてコンクールに初参加された方にも光を当て, 皆さんの生き様に大変な勇気を頂いた. そもそも左手のピアニスト達は何らかの問題を右手に抱えている人たち, ないしは左手だけでどこまで表現できるか挑戦しようとする方々であり, 障害を抱える, 否たとえ障害が無かろうとも頑張っていく人たちのものすごいぎりぎりの生き様を見せてくれたのだ. 優勝した方はどうやら右手のジストニア(不随意運動の一種)かな? と私は思った. ピアニストなど演奏家のジストニアは書痙と同じような現象で, 非常に繊細な動きを繰り返した結果, 大脳の運動プログラムが壊れてしまった状態なのだ. いわば熱心さと勤勉さのあまりの過剰な練習により皮肉にも身体をこわしてしまった状態である. 2位の方はアジア出身の方でしたが彼はホーキング博士の「生きている限り希望はある」という言葉を引用して喜びを表現していました. ホーキング博士が絶望的な病のなかであそこまで学問を極めた姿にご自分を投影しているのに感動しました. さてジストニア研究の尊敬する目崎先生から, ラベルの左手のための協奏曲は第一次世界大戦で右腕を失ったウィトゲンシュタインのために作曲したのだという逸話を伺っていました. しばらくしてこのウィトゲンシュタインはかの哲学者のウィトゲンシュタンとどのような関係であったか混乱しており, net で調べてみました. 2人は兄弟であり, 兄がピアニスト, 弟が哲学者と判明しました. 姉もおりまして, クリムトの描いた肖像画のモデルになっております. パウル・ヴィトゲンシュタイン【Paul Wittgenstein】 がそのピアニストであり  1887年5月11日 生まれ, 弟は有名な論理哲学論考を書いたルートヴィヒ・ヴィトゲンシュタイン【Ludwig Wittgenstein】 1889年4月26日生まれ. 姉はマルガレーテ・ストロンボロ=ウィトゲンシュタイン【 Margarethe Stonborough-Wittgenstein】 である. この3兄弟はウィーンの実業家でクリムトのパトロンでもあったカール・ウィトゲンシュタインの子供達と言うことらしい. なるほど, 確か ルートヴィッヒはこの姉の家の設計をしている. 哲学ばかりか建築設計も出来るのはすごいと若い頃に感動した事を記憶している. 驚くべきことにこのパウル・ヴィトゲンシュタインさんの演奏はnetで聞く事ができた.