Marantz 7 再製作

42 年前の作品を現在の部品で再製作する事ができるか試してみたくなり, 部品を集めたらすべて揃ってしまった. 作るしかない. しかしこの夏は本当に暑くてとても部屋に行くことができない.

それでもシャーシの穴開けはすべて成功しあとは配線工作である. すこしずつ前に進むしかないが, 難工事が続く. 42 年前に一夏で製作できたとすると若さにはかなわない.

Marantz 7再製作中へ

進行性核上性麻痺の患者さんが急増

超高齢化社会で進行性核上性麻痺という病気のかたは急増している.この病気はパーキンソン症候群のひとつで良い治療薬がなく,リハビリテーションや介護が主体となる. パーキンソン病の方より発症年齢がすこし高く,それによって脳梗塞の合併やその他の認知症を併発していることで診断が困難である面もある. 脳室が第三脳室を含めて大きくなるので正常圧水頭症という脳神経外科が得意とする病気との鑑別も問題となるのだ. 初発症状としては①認知症②パーキンソン症状③小脳失調症などを主体として徐々に進行し,寝たきり,誤嚥性肺炎でなくなる. 注意すべきは小歩,すくみ足, 易転倒性が主体となる「すくみ足をともなう無動」のタイプで,しばしば他疾患(多発性脳梗塞, 正常圧水頭症)と誤解されることがある. 本日は土用丑の日でうなぎ登りで急増する進行性核上性麻痺患者さんのことを思いついた.

負のスパイラル 8

まとめる能力

いつからか文章などをまとめることが苦手になってきた. 私の認知障害によるものか否か不詳だが. 頭のいい人というのはある意味まとめることが上手であることかも知れない. 現在は情報量がやたら多いのでそれを取捨選択, 整理, 順位付けしてまとめる, しかもすばやくする能力が要求される. 前にも述べたが私は症例報告というのをある程度してきた. 症例報告が採択されるには狭い範囲のことではあるが十分情報を集めた上で批判されないように予防線を張り巡らして考察を書けば良いはずだ. 私の場合その結果どうなるかというと, 考察がやたら長い文章になってしまうのだ. IM という journal は症例報告に長さの上限がないので長過ぎるを理由に reject されることはない. さて, われわれ英文を苦手とするが, 文章が長くなると一目みてどこになにを書いたかがわかりにくいのである. 邦文では漢字などがアイコンになってマーカーになる. 英文では同じ事を異なる場所に 2 回書いても気付かぬという失敗もする. 英文を自在に操って論文を書くのは相当な努力となんと言っても motivation が必要だ. 話は戻って, 一流英文雑誌の症例報告は概して短く, うまくまとめる能力が要求される.

負のスパラル 7

統計処理

私が関わった統計処理が必要な論文に最後は EzR というソフトを使用した. これはダウンロードが無料で, 説明も net で見られるので非常に便利であった. 本格的に統計ソフトを使用してきた研究者には SPSS などが知られているのであろうが英語版であったりする. これまでも簡易なもので Stat mate など色々使用してきたが正しくソフトを使用する知識が必要である. よく知っている人に話を聞いてコツをつかむことが大事である. 特に 3 群間の比較は難しく, 正しい知識が欠かせない. さらにその統計量を英文で記述するにもハードルがある. 他論文の記述を参考にするに越したことはないが日頃から英語論文に親しんでおくことだ. EzR では Exel data がそのまま有効で Exel が操作できる事が必要不可欠である事も論を待たない. しかし, 統計処理は医師が自分でやるのではなくそのために存在する研究補助さんがやってくれるというのが最もすばらしい. 統計処理のような雑用からできるだけ解放されている研究者が伸びていくのではないだろうか.

負のスパイラル 6

人がいない

私の失敗というか私の欠点は人を集められないことである. もし医局員が 10 人いて, 年間 1 論文を完成させ, 互いに他の 9 名を共著にすれば年間 10 本の論文が書ける. それが 10 年続けば何と10 年間で 100 本の論文になる. 論文を書くためにはある程度時間を作らなければならないがそのためには臨床に割く時間を save しないといけない. 人がいないと臨床に忙しくて論文は書けない. 忙し過ぎると人は集まらない. 人がいないと論文は書けない. 忙しいし論文も書けない. これこそ究極の負のスパイラルである. しかし逃げ口上というか口実というか, 忙しいので論文は書けなくても良いか, という気持ちにもなる. これもまた新たなる負のスパイラルをもたらす. 人気のある医局には人がたくさん集まる. 人気の無い医局は益々人が減る. 臨床にかまける時間を save する手段のひとつは逆紹介である. 忙しすぎると逆紹介する余裕がない. でもそれは割り切ってそうしないとまたしても負のスパイラルである. しかし雇っている側としては売り上げもあるのでやたらと切り捨てることもできずにそこはジレンマである.

負のスパイラル 5

論文を書くには

臨床研究を論文にするには通過しなければならない関門が多数ある. 審査の前提に研究者は研究倫理に関する講習を受けている必要がある. CITI のやっている e-learning APRIN というのである. これは結構な時間がとられる. 世の中には色々悪巧みをしてインチキな論文を書く人がいるのでこういう教育は必要なのだ. それを前提に研究計画調書, 研究倫理調書, 利益相反調書などが課せられる. 多少文言は間違っているかも知れないが. 研究計画は一度提出すると変更がきかないという前提があるのでこれらの書類を作成するときには研究計画がきちっとできていないといけないし患者の数なども書くのである程度研究自体が進行していないといけない. 患者さんのデータを使用して論文を作成するには患者さん個人の承諾が必要である. 薬剤の治験では書類で患者さんに承諾と署名を頂くが, 研究でも同じ事. 十分な研究計画に基づかない多数例の後ろ向き研究では承諾を得ておらず論文にはできないんだとあきらめがちだが何とものすごい裏技がある. opt-out という方法である. 一定期間にこの施設である疾患で受診した方の内このような基準を満たした場合に研究に繰り込んだ結果このような研究論文になったが何かご意見がありますかという文章を net 上に公開するのである. まあほとんど異論を唱えられることはなかろう.  こうしたことが必要なのは論文は必ず何らかの組織による倫理審査を受けたという文言が必要であり,それがないとそもそも投稿ができないのだ. 実は症例報告にはこの倫理審査が不要という考え方があって, 倫理審査については not applicable で通している文献もある. さてこのようなことを大変手間かけてやっている内に論文はある程度書き進むが, 日本語で書くのが無難である. 英語にはそのあとで変換すれば良い. 私なら deepL に任せる. 一文ずつ訳すが, 訳が気に入らなければ直すのは日本語である. 英文が適切かどうかが分からない人にはお勧めできない, 英文をある程度読んできた古参医師に任せた方が良い. 投稿先は最も困るが最低でも PubMed に載っているのが良い. Impact factor にはあまりこだわらない方が良い. ところでこの文章はどこが負のスパイラルかおわかりだろうか. このように労力を費やし複雑なプロセスを経て論文として結実したものの一体このような事がわが人生にとってどれほど有益なものであったかと考えたのだ. 少なくともこのような努力をいくつかした結果私は完全に燃え尽きて, このようなことはもう二度としたくないという気持ちに陥ったのである. 負のスパイラル 1 の私の健康が少々損なわれ事も多いに加担している. とにかく自分の健康が最も大事, 次には家族が大事.

負のスパイラル 4

症例報告

症例報告は臨床研究ではない. evidence based medicine (EBM) の見地からいうと症例報告にはこの EBM がないのである. ある患者にある薬を投与したらこの症状に効いたという報告は何の価値もないというのである. そのようなことは偶然でも自然経過でも説明可能だからだ. ある薬が有効であるという事をいうには相当用意周到な研究の結果に基づくわけだ. 従って症例報告では治療効果は言わないのが得策である. 主として症状, 診断, 検査, 経過などに基づく考察が必要と思われる. 私はこれまで症例報告を中心に論文を書いてきたが正直それに時間と労力を傾注しすぎた. また インパクトファクターは不要であり, 必要なことは PubMed で検索されて, より多くの人の眼にふれることである.

負のスパイラル 3

医学研究最初の躓き

私の医学研究に関する最初の躓きが何であったか, 今でははっきりと分かる. 私には何でも好き嫌いがあって, 嫌いなことを避けてしまうのである. そのひとつは統計であろう. かといって統計が嫌いで論文が書けなかったかというとそうではなくて簡単な統計計算で有意差が出ないとそこで論文が進まなくなってしまったことが大きい. しかしもっと重要な, 論文を読んだり書いたりするときに必要な evidence を出すための統計学に親しもうとしなかったのである. 要は evidence based medicine が嫌いなのだ. 統計ソフトはどうしたのかというと Stax とか, なんとか stat とか色々使ってきて, 確か教科書も数冊持っていた.  統計ソフトをどのように使用して結果をどのように記述するのかが最も課題であるがここでどうしても突破口を開けられない. 教えてくれる人がいなかったのだ. 自分が集めた症例数のなかで都合のよい結果が見いだせなかったことはもっと大きく, 中途半端な数を集めたテーマが幾つ PC の肥やしになったか枚挙にいとまが無い. 従って統計を駆使した論文は書き上がらない. 学会発表止まりである. 正直言ってほぼ t 検定しかやったことがない. あることの統計学的有意差を出すには症例が何例必要かと言うことを計算する方法があるらしい. 臨床研究とは一定数を集めないとどうしようもないのであるがまずは研究計画を的確に立てることが必要である. 研究計画を立てるには他の論文をまねることから可能だ. どの論文? 手っ取り早いのは教室の書いた先輩たちの論文をまねることで, もし適切な指導者がいればこれは可能である. 私にはその資格がなかった. 臨床の医学研究には臨床研究と症例報告があり, 前者に従事できないものは大学を去るべきである. そういう自分は去ってからそう自分に言い聞かせているから本当にインチキな人間だ. 臨床研究は evidence を作り出すことであるが一介の臨床医がそう簡単に evidence を作ることができるだろうか. 比較的楽にこれができる方法は HY 先生に教えていただいた. 例えば10 段階で患者に評価させる ないしは医師が10段階で評価して前後や経時的に比較することだ. 実際にこのような方法である統計量を出してみたら臨床的な経験と一致する結果が出た. これって evidence なのか?.