負のスパイラル 8

まとめる能力

いつからか文章などをまとめることが苦手になってきた. 私の認知障害によるものか否か不詳だが. 頭のいい人というのはある意味まとめることが上手であることかも知れない. 現在は情報量がやたら多いのでそれを取捨選択, 整理, 順位付けしてまとめる, しかもすばやくする能力が要求される. 前にも述べたが私は症例報告というのをある程度してきた. 症例報告が採択されるには狭い範囲のことではあるが十分情報を集めた上で批判されないように予防線を張り巡らして考察を書けば良いはずだ. 私の場合その結果どうなるかというと, 考察がやたら長い文章になってしまうのだ. IM という journal は症例報告に長さの上限がないので長過ぎるを理由に reject されることはない. さて, われわれ英文を苦手とするが, 文章が長くなると一目みてどこになにを書いたかがわかりにくいのである. 邦文では漢字などがアイコンになってマーカーになる. 英文では同じ事を異なる場所に 2 回書いても気付かぬという失敗もする. 英文を自在に操って論文を書くのは相当な努力となんと言っても motivation が必要だ. 話は戻って, 一流英文雑誌の症例報告は概して短く, うまくまとめる能力が要求される.

負のスパラル 7

統計処理

私が関わった統計処理が必要な論文に最後は EzR というソフトを使用した. これはダウンロードが無料で, 説明も net で見られるので非常に便利であった. 本格的に統計ソフトを使用してきた研究者には SPSS などが知られているのであろうが英語版であったりする. これまでも簡易なもので Stat mate など色々使用してきたが正しくソフトを使用する知識が必要である. よく知っている人に話を聞いてコツをつかむことが大事である. 特に 3 群間の比較は難しく, 正しい知識が欠かせない. さらにその統計量を英文で記述するにもハードルがある. 他論文の記述を参考にするに越したことはないが日頃から英語論文に親しんでおくことだ. EzR では Exel data がそのまま有効で Exel が操作できる事が必要不可欠である事も論を待たない. しかし, 統計処理は医師が自分でやるのではなくそのために存在する研究補助さんがやってくれるというのが最もすばらしい. 統計処理のような雑用からできるだけ解放されている研究者が伸びていくのではないだろうか.

負のスパイラル 6

人がいない

私の失敗というか私の欠点は人を集められないことである. もし医局員が 10 人いて, 年間 1 論文を完成させ, 互いに他の 9 名を共著にすれば年間 10 本の論文が書ける. それが 10 年続けば何と10 年間で 100 本の論文になる. 論文を書くためにはある程度時間を作らなければならないがそのためには臨床に割く時間を save しないといけない. 人がいないと臨床に忙しくて論文は書けない. 忙し過ぎると人は集まらない. 人がいないと論文は書けない. 忙しいし論文も書けない. これこそ究極の負のスパイラルである. しかし逃げ口上というか口実というか, 忙しいので論文は書けなくても良いか, という気持ちにもなる. これもまた新たなる負のスパイラルをもたらす. 人気のある医局には人がたくさん集まる. 人気の無い医局は益々人が減る. 臨床にかまける時間を save する手段のひとつは逆紹介である. 忙しすぎると逆紹介する余裕がない. でもそれは割り切ってそうしないとまたしても負のスパイラルである. しかし雇っている側としては売り上げもあるのでやたらと切り捨てることもできずにそこはジレンマである.

負のスパイラル 5

論文を書くには

臨床研究を論文にするには通過しなければならない関門が多数ある. 審査の前提に研究者は研究倫理に関する講習を受けている必要がある. CITI のやっている e-learning APRIN というのである. これは結構な時間がとられる. 世の中には色々悪巧みをしてインチキな論文を書く人がいるのでこういう教育は必要なのだ. それを前提に研究計画調書, 研究倫理調書, 利益相反調書などが課せられる. 多少文言は間違っているかも知れないが. 研究計画は一度提出すると変更がきかないという前提があるのでこれらの書類を作成するときには研究計画がきちっとできていないといけないし患者の数なども書くのである程度研究自体が進行していないといけない. 患者さんのデータを使用して論文を作成するには患者さん個人の承諾が必要である. 薬剤の治験では書類で患者さんに承諾と署名を頂くが, 研究でも同じ事. 十分な研究計画に基づかない多数例の後ろ向き研究では承諾を得ておらず論文にはできないんだとあきらめがちだが何とものすごい裏技がある. opt-out という方法である. 一定期間にこの施設である疾患で受診した方の内このような基準を満たした場合に研究に繰り込んだ結果このような研究論文になったが何かご意見がありますかという文章を net 上に公開するのである. まあほとんど異論を唱えられることはなかろう.  こうしたことが必要なのは論文は必ず何らかの組織による倫理審査を受けたという文言が必要であり,それがないとそもそも投稿ができないのだ. 実は症例報告にはこの倫理審査が不要という考え方があって, 倫理審査については not applicable で通している文献もある. さてこのようなことを大変手間かけてやっている内に論文はある程度書き進むが, 日本語で書くのが無難である. 英語にはそのあとで変換すれば良い. 私なら deepL に任せる. 一文ずつ訳すが, 訳が気に入らなければ直すのは日本語である. 英文が適切かどうかが分からない人にはお勧めできない, 英文をある程度読んできた古参医師に任せた方が良い. 投稿先は最も困るが最低でも PubMed に載っているのが良い. Impact factor にはあまりこだわらない方が良い. ところでこの文章はどこが負のスパイラルかおわかりだろうか. このように労力を費やし複雑なプロセスを経て論文として結実したものの一体このような事がわが人生にとってどれほど有益なものであったかと考えたのだ. 少なくともこのような努力をいくつかした結果私は完全に燃え尽きて, このようなことはもう二度としたくないという気持ちに陥ったのである. 負のスパイラル 1 の私の健康が少々損なわれ事も多いに加担している. とにかく自分の健康が最も大事, 次には家族が大事.

負のスパイラル 4

症例報告

症例報告は臨床研究ではない. evidence based medicine (EBM) の見地からいうと症例報告にはこの EBM がないのである. ある患者にある薬を投与したらこの症状に効いたという報告は何の価値もないというのである. そのようなことは偶然でも自然経過でも説明可能だからだ. ある薬が有効であるという事をいうには相当用意周到な研究の結果に基づくわけだ. 従って症例報告では治療効果は言わないのが得策である. 主として症状, 診断, 検査, 経過などに基づく考察が必要と思われる. 私はこれまで症例報告を中心に論文を書いてきたが正直それに時間と労力を傾注しすぎた. また インパクトファクターは不要であり, 必要なことは PubMed で検索されて, より多くの人の眼にふれることである.

負のスパイラル 3

医学研究最初の躓き

私の医学研究に関する最初の躓きが何であったか, 今でははっきりと分かる. 私には何でも好き嫌いがあって, 嫌いなことを避けてしまうのである. そのひとつは統計であろう. かといって統計が嫌いで論文が書けなかったかというとそうではなくて簡単な統計計算で有意差が出ないとそこで論文が進まなくなってしまったことが大きい. しかしもっと重要な, 論文を読んだり書いたりするときに必要な evidence を出すための統計学に親しもうとしなかったのである. 要は evidence based medicine が嫌いなのだ. 統計ソフトはどうしたのかというと Stax とか, なんとか stat とか色々使ってきて, 確か教科書も数冊持っていた.  統計ソフトをどのように使用して結果をどのように記述するのかが最も課題であるがここでどうしても突破口を開けられない. 教えてくれる人がいなかったのだ. 自分が集めた症例数のなかで都合のよい結果が見いだせなかったことはもっと大きく, 中途半端な数を集めたテーマが幾つ PC の肥やしになったか枚挙にいとまが無い. 従って統計を駆使した論文は書き上がらない. 学会発表止まりである. 正直言ってほぼ t 検定しかやったことがない. あることの統計学的有意差を出すには症例が何例必要かと言うことを計算する方法があるらしい. 臨床研究とは一定数を集めないとどうしようもないのであるがまずは研究計画を的確に立てることが必要である. 研究計画を立てるには他の論文をまねることから可能だ. どの論文? 手っ取り早いのは教室の書いた先輩たちの論文をまねることで, もし適切な指導者がいればこれは可能である. 私にはその資格がなかった. 臨床の医学研究には臨床研究と症例報告があり, 前者に従事できないものは大学を去るべきである. そういう自分は去ってからそう自分に言い聞かせているから本当にインチキな人間だ. 臨床研究は evidence を作り出すことであるが一介の臨床医がそう簡単に evidence を作ることができるだろうか. 比較的楽にこれができる方法は HY 先生に教えていただいた. 例えば10 段階で患者に評価させる ないしは医師が10段階で評価して前後や経時的に比較することだ. 実際にこのような方法である統計量を出してみたら臨床的な経験と一致する結果が出た. これって evidence なのか?.

負のスパイラル 2

論文投稿の挫折

BMC という英国のオープン雑誌に症例報告を 2 編投稿しようとしていた. 結局挫折したがその間に 2 年ほど経過した. 当方年齢的にもほとんど定年で結論から言うと採択されるのに必要な能力をすでに欠いていたといっても過言ではないのかも知れない. 実際英文の論文執筆は集中力, 緻密な構成力, 複雑な考察能力を要する. 英語に換えることは今や簡単だが元の日本語に必要以上に工夫がいるし, 英文に修正を加えるのはやっかいな事だ. 1 編は銀杏中毒の症例で査読では筆舌に尽くしがたいほどの苦労をしてなんとか修正した. ところが最終的に書き直せというのである. 英語で言うと ” rewright” である. 全面的に書き直せと言うこと. 何をどう直せという指示がなく単に書き直しを命じると言うことが何を意味するのか理解するのにそれほど時間はかからない. 遠回しの reject である. この論文に対する査読意見には他にも理不尽を感じさせるものがあった. 「治療について書くな」. これは英語で言うと” do not mention to the treatment” だったと思う. 実は注意事項に case report ではより高い evidence level を必要とする treatment については書くなという表記が見られる. 一方において “Authors should follow the CARE guidelines and the CARE checklist should be provided as an additional file.” となっていて CARE では総ての治療内容を書きなさいとなっているのだ. 要は double standard で, これでは著者も困り果てる. もう 1 編は傍腫瘍性小脳変性症に関する論文でこれは 3 名の査読者がいた. 即 reject ではなかったので大変な努力をして何とか査読をすり抜けようとした. すごい返事が返ってきた. 3 名の内 2 名の査読者と連絡が取れないので 1 名の査読者を加えたところ, その査読者によって論文は reject されたと. これらを通じ, 彼らの査読は論文に対する批判というよりも日本人に対する差別と偏見がひどいと感じた. 最も誰にも批判されない立派な論文を書いているわけではないので仕方が無いかも知れないが. この様なわけで前者は最終的には IM 誌に, そして後者は neurology and neurosurgery という典型的なハゲタカ雑誌に大枚はたいて引き取ってもらうことになった. ハゲタカ雑誌はすごかった. こんな原稿がありますといってメール添付すると 1 晩でその雑誌の format に合わせてきれいに編集してくれるのです. 一般にひとつの雑誌に reject されるとそれより程度の低い雑誌に投稿し直すのだが引用文献の format が異なるために reformat が必要である. そこで reformat してくれる文献ソフトを使用するのだが, 必ずしも狙った雑誌の format をソフトが持っているわけではない. そしてもう面倒で嫌になってしまうのだ. これらの 1 連の過程は文章にすれば簡単だが実は本当に苦しかった. ハゲタカにお金を払うころには私は青息吐息で, 学問はもう終わりにしよう. 本当にそう思った. 悪いことばかりではないもので, その後部下と書いていた数編の論文を FMJ という雑誌に書いていた. 最近この雑誌が何とPubMed で検索されるようになったのだ. かの医師も綱渡りどころかもう空中を飛んでいることになったのだ.

負のスパイラル 1

2 年ほど前の冬期に私の体に最初の異常が出現した. 右の親指の先の感覚がおかしく, 入浴して十分に暖まっても回復しないのだ. これはその周辺に徐々に広がるとともに, 長時間の座位で右下肢に異常な感じが出るようになった. 倦怠感とも痛みとも付かぬ嫌な感じである. 坐骨神経痛と考えたが, 時間が経過するにつれて症状は変化. 座位から立位に移るときに大腿部含めて強い倦怠感と力が入りにくい感じがするようになったのだ.それ以外には歩行したあとに使用した筋がピクピクするようになった. 現在でも普通に歩行はできるが長時間の歩行や立位は下肢に倦怠感や言葉に言えない不快感を催させる. これらは神経内科での主訴であるので自分の領域の疾患であると考えてきたが, いまだに診断が付かない. 最初の1年間は腰椎 MRI, 胸部 CT, 全身 PET CT, 針筋電図, 神経伝導検査,各種採血, 家族性アミロイドーシスの遺伝子など可能性がある疾患の検査を受けてきたが異常が無い. 麻酔科の先生には早期から慢性疼痛を示唆された. 運転は40分を超えると右下肢の違和感と疲労が激しいが. 車を換えてからは改善している.

脚の症状は私の精神をむしばんだ. 私は鬱状態に陥った. 体を動かしたくないので真っ先に家に帰りたい. できるだけ仕事をしたくない. 負担に感じる仕事は断りたい. 人に会いたくないのでメールか zoom にする. 脚のことを気にしては眠れないだろうと思い込んで睡眠薬を常用することにした. 睡眠薬のほとんどはベンゾジアゼピンであるが日中にはむしろ抑鬱は増悪する. これは負のスパイラルである. 症状によって常に脚の方に気をとられるので集中力は無い. 休日の過ごし方として自分の趣味に向かえば多少は脚のことを忘れる. 本格的な鬱症状として趣味に対する興味の消失が言われており, これはバロメーターになる. 鉄道模型に向かえば脚のことは忘れるが塗装などのやっかいなことはもとよりやる気が出ない.