ヴィオッティーからパガニーニのつながりでネットを検索していたら高松亜衣さんを知った. お茶目なヴァイオリニストである. 私は現在, 愛知県一宮市で仕事をしているが偶然にも彼女は一宮市出身であり, 名古屋市立菊里高等学校の音楽科から東京藝大に進んでいる. 私はその菊里高校の普通科卒業であり, 菊里の音楽科出身者は身近に感じるのだ. you tube などの SNS に存分に自身の violin 演奏を流しているので, 実力のほどもうかがい知ることができる. 演奏が終了したあとに伴奏者の方にひょいと振り返る様が非常にお茶目でかわいらしい. 演奏の多くが名曲でありとても親しみやすく, 当分これらの you tube への発信を楽しませていただく.
タウとタオの関係を AI に問う
神経病理学のタウと中国のタオという概念の関係性についてAIで調べた
神経病理学で語られる「タウ(tau)」は、脳内の微小管結合タンパク質で、多くの神経変性疾患、特にアルツハイマー病や前頭側頭型認知症(FTD)における病理的な蓄積・変化が研究されています。一方、中国哲学・宗教における「タオ(道)」は、老子の『道徳経』などで説かれる、宇宙や人の生き方の根本原理を指す概念です。
両者の直接的な関係性
タウ(tau)とタオ(道)は、語源や発音が似ていますが、科学的・哲学的な意味内容や起源には直接の関連はありません。神経病理学の「タウ」は、生化学・分子生物学の用語で、タンパク質名(mapt遺伝子由来)です。一方、「タオ」は東洋思想、特に道教哲学における「宇宙の原理」「自然の道」を指す抽象概念です。
文化的な連想・語感
西洋では「tau」はギリシャ文字の「Τ/τ」としても一般的ですが、語感の類似や偶然による文化的な連想以外に医学的・哲学的な結びつきはありません。
その他の参考
仮に両者を比喩的に関連づけるとすれば、タウの蓄積による神経症状の変化や「疾患進行」の不可逆性を「自然の道」や「不可解な摂理」として哲学的に捉える試みは、文学的・思索的な領域に留まり、科学的根拠はありません。
要点: 神経病理学の「タウ」と中国思想の「タオ」は、科学的・歴史的・意味的には無関係。両者の語感や発音は似ているが、内容・文脈は全く異なる。
タウの「もつれ」が比喩として道教思想でどう解釈できるか探る
タウの「もつれ」(神経原線維変化)は、分子レベルの現象として神経細胞内で異常な蓄積と混乱を生じさせ、情報伝達や安定性を失わせるものです。この「もつれ」という状態を道教思想の観点で比喩的に解釈する試みは、直接的な伝統解釈では行われていませんが、比喩としてはいくつかの道教的要素との関連づけが可能です。
比喩としての解釈案
道教の「自然の道」は、宇宙や生命現象が流れるように自然本来の秩序に従うあり方を重視します。「もつれ」はこの流れや秩序が乱れ、滞り、歪み、絡まることを象徴しており、道(タオ)が妨げられ、不自然・不調和な状態に陥ることの比喩となるでしょう。例えば「人為的な心(作為)」や「無理な欲望」は、道教において「道」から外れる原因となり、不調和・行き詰まり(もつれ)を招くものとされます。
神経病理学との接点
タウの「もつれ」発生=「道」から外れた神経細胞の運命。「本来の機能流」→「混乱と衰退」へ。道教思想では、これを「無為自然」(本来の流れへ戻す)と対比可能。解きほぐすことで調和が回復し、混乱が 晴れるイメージ。
中国思想的な比喩例
「絡まり・もつれ」は、気や道が停滞・閉塞する状態を意味する比喩としてよく使われます。 このもつれを「ほぐす」「流す」ことが、道教・中医学の治療的観点で「治癒」「バランス回復」の象徴となります。
概要
タウの「もつれ」は「自然な流れが乱れる、道がふさがれる」という道教的比喩で解釈できる。解きほぐし=道(タオ)への回帰、調和と健康への復帰という象徴。
ヴィオッティーとパガニーニのヴァイオリン協奏曲
NHK Eテレ のクラシック TVという番組で 2025 年 1月9日(木) 放送において古澤 巖さんがヴィオッティ作曲ヴァイオリン協奏曲第 22 番を金益研ニさんのピアノ 伴奏でその第三楽章を弾いておられた. この作品は第一楽章が非常に有名なのだが, 第三楽章にもこのような聞き所があることを改めて知らせてくれた. なぜヴィオッティーかというと, 古澤さん所有のストラディバリウスの以前の所有者の一人がヴィオッティー自身であったからだ. この放送をきっかけに自分が持っている LP を聞いてみた. 持っているのは 2 枚で 1つは RVC 2040 サルヴァトーレ・アッカルド, ヴィオッティ22番 , パガニーニ 2番 ヴァイオリン協奏曲, もう一枚は ヴィオッティ第 22 番イ短調, 第 23 番ト長調 ヴァイオリン協奏曲, ボベスコ (ローラ) 演奏の物である. アッカルドのものは LP の端に重いものを載せてしまった結果割れてしまっており, 第一楽章のほとんどが聞けない状態である. しかし第三楽章は聞くことができた. なかなかの名演である. その裏面がパガニーニの 2 番であり第三楽章に有名なラカンパネラという別名が付いていることを知った. 解説文を読んで初めて知ったのはこのラカンパネラをピアノに書き直したのがリストであったという事だ. 私はリストのこの有名なピアノソナタが原曲と思い込んでいたのでかなりショックであった. このちょっと個性的な節回しはリストの個性であるとまったく思い違えていたのだが, 元はイタリア人のパガニーニの作曲であったのだ. アッカルドの LP は裏面にはこのラカンパネラがあってまともにはほぼ初めて聞いたのだが, 鐘の音が美しく(トライアングルのような気もするし小鐘のようにも思う), ヴァイオリンの音との調和がすばらしい. ヴィオッティーの協奏曲を聞く過程でパガニーニの 2 番を聞く機会が与えられて, 非常に勉強になった. ちなみにこの割れた LP は同じものをヤフオクで格安で入手するができた.

