アルハラとアルコール依存症

私はアルコールが飲めないたちであるが若い頃には多少鍛えればという気持ちもあって無理につきあった経験がある. 結果がよいもので無かったことはいうまでもない. その後は酔っぱらい達の醜態に不快感を抱くことが多く, 当方は被害的になっているのでいろいろなアルコール酩酊者に対して, 関われば自分はアルハラをされたという気持ちがわく. さて私は神経内科を専攻しており, アルコール依存症の患者さんを診ざるを得ない.彼らは基本的に医療者には嫌われるので神経内科医師に限ったことではなく困らされることが多い. 患者は自分が飲んだアルコールで人に迷惑を及ぼしているという感覚をそもそも持ち合わせていない. アルコールに対する寛容な社会構造が根強く日本にはあるらしく, 仕方がないんじゃないか大目に見てやれという風潮にかき消されている. 彼らは内科病棟に入院せざるを得ない状況に陥るが慢性の重症者では何らかの離脱症状を呈する. 離脱症状は全身痙攣を筆頭に種々の精神神経症状である. 内科病棟は女性の看護師さんが多く, 彼女達に迷惑をかけるわけにはいかないために種々の薬物を用いて精神神経症状を抑えようとするが限界がある. 完全に眠った状態にしてしまえば本格的な栄養管理を要する上に沈下性誤嚥性肺炎の原因にもなるのでそこまではしないのだ. 多少は元に戻ったときには彼らは自分は何ともないから家に帰ると言い出すだろう, 看護師に暴力をふるうことも当然あり, われわれに向かっては敵意をあらわにするだろう. そうして急性期を乗り切って退院しても精神科のある病院へ転院しなければ戻ってくることが多いし, 精神科への受診を拒む. 当科で診るのが当たり前だと考えているらしいし, だいたい悪びれもせずに感謝の気持ちを感じていないことが多い. 医療者に対してお世話になりましたという真摯な気持ちを抱くことがない. このような方の面倒を見る医療者は非常に精神的に我慢を強いられるのである. 長く見ていてもそれなりに自分が悪いのだという深層心理すら有していないものもいる. 私は最近ようやくアルコールを飲んだあなた自身に責任があると言うことをある程度はっきりと伝えられるようになってきた. 私自身も歳くって患者より年齢が高くなったことも関連している. すると意外にもちゃんと自覚していることもわかる. 患者はそれはわかっているけどどうしようもないんだろうと言うところを理解して欲しいと思っていることもある. 日本人は痛いところを突くことをお互いにしないようにしようという精神風土があるのかもしれない.  しかし基本的に私はアルコール症者と気持ちを通わせることはできない. アルコールが飲めないが故にハラスメントにあってきたという私がアルコールを飲める彼らに強い反感を持つのはある程度当然では.   アルコールによってついてしまった脳神経系統への傷は神経内科医が治し, 依存症及び傷ついた精神は精神科が治すという構造はそもそもまちがっている. 精神科が今でも精神神経科と名乗るのであればアルコール依存症は a からzまで見て欲しい. これらアルコール依存症の患者から受ける嫌な感覚は私はアルハラの一種と感じており, アルコールが飲めない医師がアルコール症者を診療することには強い抵抗感があることを社会に訴えたい.