書類天国

私はかつて某私立大学病院に勤務していた. 医師の仕事に書類はつきもので, 途中から生命保険会社の診断書だけはメディカルクラーク (以下MC) さんが書くようになったがほとんどの書類は自分で書いていた. けっこう膨大な量で, 相当な時間をそれにとられていた. その結果, 17時に仕事を終えることが出来たとしてもそこからしかやりたい仕事が出来なかった. 時間内の余り時間はすべて書類書きに費やされると言うことである. 私はその病院での定年延長再雇用をせずに次の病院に勤めることにした. その職場は書類天国であった. 今まで書いてきた書類のほとんどが自動的に仕上がってくる. MCさんがカルテを隅々まで精査して書いてくださる内容は, まさに私の意図するとおりか, ないしはもっと優れていた. われわれが今までいかに医師でなくとも出来る仕事を一生懸命してきたかという証だ. 余った時間は医療に傾注できるというのはまさに正しい. 医師でなくても出来る仕事を非医師に任せるというのは医師の働き方改革にそのまま繋がっている. 今の病院がいつからこの体制になっているのかははっきりわからないがこの違いはかなり大きく, 自分が前の病院で時間と労力を無駄に使ってきたことが残念でならない.

人気のある急性期病院の役割を考える

厚労省は真剣に病院の機能分担をすすめている.地域での人気の急性期病院(簡単いうと救急車がいつもやってくる病院)では新患を丁寧に診て,落ち着いたら開業医さんに戻すという役割が大きい.そういう病院では投薬をして経過を観察するだけの患者さんは歓迎されない.われわれは自分達の役割が終了したと考えた場合には慢性の経過観察して下さる医院などの医療機関に移っていただけないか患者さんに打診する.ところが「この病院にはもう8年もかかっているのだから俺はここに来る」といって譲らない人がいる.こういう方が多いと何が問題かというと1人にかける診療時間が必然的に短くなって医療の質が低下することだ.診療の待ち時間は当然長くなり,最後の患者はどうしてこんなに待たせるのかと医師にくってかかってくる.私は次のことを提案したい.患者さんよ,あなたはもう十分この病院にかかりました.新しい患者さんに席を譲ってあげて下さい.自分たちががこの病院にかかったときに待たされた経験をしたら逆に自分の存在が人を待たる原因になっていることを理解していただきたい.仁義なき逆紹介という言葉を聞いて既に久しいが,私自身がこの言葉を実感するようになったのは本当に最近である.正直自分がちゃんとした診療をすればするほど逆紹介も困難となる矛盾をはらむ.

神経内科呼称変更について

日本神経学会が神経内科という呼称を脳神経内科に変更することに決定したという. 現在脳神経外科と言う科名があり,これはわれわれと同様な領域を外科として扱っている科を指しており, それにそろえると脳神経内科になるというのは一理あるかもしれない. 本来われわれの科は欧米で言うところのneurology であってその邦訳は神経学が正しいように思ってきた. 日本の神経内科の学会は日本神経学会であり, その雑誌は臨床神経という名称であり, 臨床神経内科ではない. またAANは米国神経学会となる. 元々の親である精神神経学会は神経と言う用語を神経学を意味して使用してきたが神経は巷ではむしろ精神科の言う神経科と混同されがちであって避けたいという気風があるのかも知れない.  neurology はneuron を最小単位とした, 中枢末梢の両方をeven にとらえた概念なので脳や脊髄,そして末梢も含む大きな意味合いがあった. neuronを神経単位と考えれば, neurologyには神経学以外の訳はあり得ない. 私はこの愛着ある神経内科/神経学という語を愛しており神経内科/神経科/神経学なる用語を支持する. 12対のcranial nerve を脳神経と呼ぶのとも混同しやすい.

 

 

 

 

神経内科と書類

もう15年以上前から私は書類書きに追われているという認識がある. そして今や自分が最もしなくてはいけない仕事は書類を書くこと, になってしまった. この仕事はなかなか全面的に人任せには出来ません. 特にこの2年間の連続しての難病書類フォーマットの変更は全く頭が痛くなります.前年の書類を写そうとしてもところどころ穴が開いたりしますので隅々まで見直しが必要です. 難病の書類は届け出ようとする疾患の典型例であれば問題なく書けるのですがそうでない場合にはちょいと頭をひねらなければいけません. てんかんの書類に関してはもっと難しいことがあって,発作が完全に無くなってしまうとこの書類を書くことによって得られる援助の趣旨に合わないと言われて切られてしまうのです. これは大きな矛盾であり, 精神神経医療の問題点の一つである.

書類書きに忙殺されている医師の診療を受けている患者さんにもデメリットがあってそのような忙しい医師は日常の診療に関する知識を新たにするという時間的余裕すらないのです.

 

処方制限・月と4週間のこと

薬剤の添付文書は公文書同等の効力があり, ボトックスを打つのに「2ヶ月は開ける事」なる制限がある. 医療事務的に1ヶ月は30日を指すので2ヶ月は60日をいう. 病院の医師は通常週に何曜日を担当するという具合に外来をしており, 私は毎週金曜日にボトックス打っている. 2ヶ月ほどでボトックスの効果は減じてくるため早めに次を打ちたい方は60日で打ちたいが金曜日と決まっているので最短で63日(すなわち9週間)で打つことが出来る. ここで問題が出てくるのはその患者さんに30日の処方制限付きの薬剤を処方している場合だ. 実は神経内科を受診する方の一部が現在でも処方制限のある睡眠薬の処方をしており, してはいけない倍量処方をしても最大は60日しか処方できないので,どうしても3日分不足するのである. 不足分を頓服で出すなど逃げ道はいろいろあるとは思うし,多くの患者さんが我慢しますとか,余っていますので良いですなどとおっしゃって頂けます.

処方制限では他に90日の薬があり,典型はてんかんと甲状腺の薬. この90日というのも非常に微妙な数字で困ります. 12週間は84日ですから, 次回約3ヶ月後の12週間後に来てくださいという場合に90日処方しますと1回に付き6日分あまりが出ます. 実はこの6日分のあまりをすこしづつためて頂き, いずれは13週とか14週間後に来て頂くという具合にして出来るだけ後に繰り延べます. もし処方制限を90日ではなく7の倍数となる91日にして頂ければ.こんな面倒なことは考える必要がないのです.

何故厚労省は処方制限を7日の倍数で考えてくれないのでしょう. 睡眠薬などの30日制限ではなく35日にすればこうした面倒なことは相当避けられ, 現場の悩みが軽減されるに違いありません.

病院の勤務医師は科にもよるのですが慢性期の難病をどうしても診なければならない事情があります. 専門科医師が継続的に診察する必要がある疾患があると言うことです. その場合に医療費削減する意味合いからも診療間隔は長い方が良いです. 1カ月で診療してもさして変化が見られないからです. そうした場合に処方制限は非常にナンセンスであると思われます. ご存知と思うますがそして一方でそんな馬鹿なと思う節もありますが処方日数の制限のない薬剤は何日でも処方できるのです. 一生分の薬剤を1回の処方箋で切っても違法性はないわけです. 厚労省はそこまで物わかりがよろしいのですからもうすこしだと思います. ちなみに私の処方で元も長いものは100日越えですが, 病院の薬剤師さんに理由の記述を依頼され, 正直に長期海外勤務のためと書いたことを記憶しています.

 

診療現場での西暦使用統一を希望する, 電子カルテも

診療の現場では電子カルテ化が進んでいるが,私の勤務する病院ではカルテ内の基本となる日付が元号表記である. ところが処方履歴や画像は西暦表記で稼働している. 過去のカルテを見るときに照合がしにくく, いつもメモを見ているが,勘違いすることも多々ある. カルテ調べは学会のための準備や研究するには必須で, こうした障壁はあってはならない. また公文書では相変わらず元号の表記が求められることが多く, カルテは西暦表記のみでも不便である. 先日某全国紙の読者の声欄に開業医師から西暦統一使用の提案がされており大賛成である. 今回の元号見直しでは是非公文書や診療現場の西暦使用統一をお願いしたい.