神経内科と書類

もう15年以上前から私は書類書きに追われているという認識がある. そして今や自分が最もしなくてはいけない仕事は書類を書くこと, になってしまった. この仕事はなかなか全面的に人任せには出来ません. 特にこの2年間の連続しての難病書類フォーマットの変更は全く頭が痛くなります.前年の書類を写そうとしてもところどころ穴が開いたりしますので隅々まで見直しが必要です. 難病の書類は届け出ようとする疾患の典型例であれば問題なく書けるのですがそうでない場合にはちょいと頭をひねらなければいけません. てんかんの書類に関してはもっと難しいことがあって,発作が完全に無くなってしまうとこの書類を書くことによって得られる援助の趣旨に合わないと言われて切られてしまうのです. これは大きな矛盾であり, 精神神経医療の問題点の一つである.

書類書きに忙殺されている医師の診療を受けている患者さんにもデメリットがあってそのような忙しい医師は日常の診療に関する知識を新たにするという時間的余裕すらないのです.

 

処方制限・月と4週間のこと

薬剤の添付文書は公文書同等の効力があり, ボトックスを打つのに「2ヶ月は開ける事」なる制限がある. 医療事務的に1ヶ月は30日を指すので2ヶ月は60日をいう. 病院の医師は通常週に何曜日を担当するという具合に外来をしており, 私は毎週金曜日にボトックス打っている. 2ヶ月ほどでボトックスの効果は減じてくるため早めに次を打ちたい方は60日で打ちたいが金曜日と決まっているので最短で63日(すなわち9週間)で打つことが出来る. ここで問題が出てくるのはその患者さんに30日の処方制限付きの薬剤を処方している場合だ. 実は神経内科を受診する方の一部が現在でも処方制限のある睡眠薬の処方をしており, してはいけない倍量処方をしても最大は60日しか処方できないので,どうしても3日分不足するのである. 不足分を頓服で出すなど逃げ道はいろいろあるとは思うし,多くの患者さんが我慢しますとか,余っていますので良いですなどとおっしゃって頂けます.

処方制限では他に90日の薬があり,典型はてんかんと甲状腺の薬. この90日というのも非常に微妙な数字で困ります. 12週間は84日ですから, 次回約3ヶ月後の12週間後に来てくださいという場合に90日処方しますと1回に付き6日分あまりが出ます. 実はこの6日分のあまりをすこしづつためて頂き, いずれは13週とか14週間後に来て頂くという具合にして出来るだけ後に繰り延べます. もし処方制限を90日ではなく7の倍数となる91日にして頂ければ.こんな面倒なことは考える必要がないのです.

何故厚労省は処方制限を7日の倍数で考えてくれないのでしょう. 睡眠薬などの30日制限ではなく35日にすればこうした面倒なことは相当避けられ, 現場の悩みが軽減されるに違いありません.

病院の勤務医師は科にもよるのですが慢性期の難病をどうしても診なければならない事情があります. 専門科医師が継続的に診察する必要がある疾患があると言うことです. その場合に医療費削減する意味合いからも診療間隔は長い方が良いです. 1カ月で診療してもさして変化が見られないからです. そうした場合に処方制限は非常にナンセンスであると思われます. ご存知と思うますがそして一方でそんな馬鹿なと思う節もありますが処方日数の制限のない薬剤は何日でも処方できるのです. 一生分の薬剤を1回の処方箋で切っても違法性はないわけです. 厚労省はそこまで物わかりがよろしいのですからもうすこしだと思います. ちなみに私の処方で元も長いものは100日越えですが, 病院の薬剤師さんに理由の記述を依頼され, 正直に長期海外勤務のためと書いたことを記憶しています.

 

2017年 Parkinson氏へのオマージュ: 新型打腱器

1817年にロンドンの医師 James Parkinson氏が 「An Essay on the  Shaking Palsy」というtitle の論文を発表しました.その後今日まで200年が経過. その間のParkinson病研究の進歩には目を見張るものがあります. しかし患者さんの症状は200年で進歩したり変化したりしたでしょうか. きっと変わっていないと思います.

神経内科では打腱器を用いて, ないしは針や刷毛と言う原始的な小道具を用いて診療をします. ではその道具は進歩したでしょうか. あまり進歩していないしないしは進歩する必要もないのかも知れません. しかし私は常に携行しうるall in one の診療道具を探してきました. これらの道具を用いた診療は200年変わることがありません. 外来でも病棟でも手軽にポケットから取り出して使用できるよい道具がなければ神経の診断は出来ません. 私はとうとう理想的なものを自分で製作することにしたのです. Parkinson 氏へのオマージュを込めてこの打腱器を新発売します.

こちらもみてください

 

診療現場での西暦使用統一を希望する, 電子カルテも

診療の現場では電子カルテ化が進んでいるが,私の勤務する病院ではカルテ内の基本となる日付が元号表記である. ところが処方履歴や画像は西暦表記で稼働している. 過去のカルテを見るときに照合がしにくく, いつもメモを見ているが,勘違いすることも多々ある. カルテ調べは学会のための準備や研究するには必須で, こうした障壁はあってはならない. また公文書では相変わらず元号の表記が求められることが多く, カルテは西暦表記のみでも不便である. 先日某全国紙の読者の声欄に開業医師から西暦統一使用の提案がされており大賛成である. 今回の元号見直しでは是非公文書や診療現場の西暦使用統一をお願いしたい.

 

多田オーディオ探訪

何年ぶりかで多田オーディオさんを訪れた. 私の宝物 QUAD ESL57 スピーカーを見つけたお店. 実は店頭には屋号がしっかりと掲げられておらず, 本日初めて店の名前を知ったくらいだ. 場所は名古屋大須で, ボークス大須店の大津通りを挟んだ対面にあって, ゴールデンビルの1Fだ. 本日は佐々木さんという方がお話しをして頂けた. 中古オーディオを扱った店として名古屋はおろか全国でも最も先駆けではないかという. 社長さんは現在も健在とのこと, 私はこの社長さんから前述のスピーカーをいただいたらしい. 上を見るとその品物がまだあるが故障品らしい. このスピーカーが長年音を出し続けられるのは湿度や塵などから守られた運がよい個体ということらしい. 中古品の修理に余念がない様子だが, 最近はこのような古典的オーディオ装置をほしがる世代も人口が減少し, 余り売れないとも. 私も真空管アンプは持ち上げるのも大変でというと皆さん悩みは 同じであるとのことでした. 雑然とした店内の様子はなんともいえず懐かしく, 私の好きな雰囲気で,このような店が長く続いてほしいものです.

興味のあるかたは是非訪れてみてください. HPは手間で止めてしまったとのこと(確認したら出てましたが). TEL/FAX 052-251-3564 e-mail  tada-audio@ta3.so-net.ne.jp

 

 

ハンダ付け工作の難しさ

ハンダ付け工作はハンダの種類(錫と鉛などの配合比率), ペーストの種類, そしてコテの温度と熱容量,付けるものの質量と熱伝導など様々な条件があります. ハンダゴテの先に, 付けるのに必要な最低量のハンダが載っていると非常に工作がやり易いのですがコテをハンダに接触させて必要なハンダが載るということも何か条件があって,おそらく加熱し過ぎて温度が高すぎるとかえって載りが悪いようです. 私が使用しているのはさほどワット数が高くはないですが「白光ダイヤル式温度制御ステンドグラスハンダコテ」です. ネット上での評判はすこぶる良く, 鉄道模型工作に使用して高く評価している方が多い様子です. おそらくワット数ではなく温度こそ重要で, 温度制御が可能なことが使いやすいコテの条件なのではないでしょうか.

 

hammer/MRI の英語発音について

韓国でアジアオセアニア神経学会議が開催された折にソウルに出かけました. その頃は海外学会に出かけるとreflex hammer を探しに出かけたものです. もちろん現在はそのようなことをする必要はなくnetでいくらでも購入できますが. どこか売っていそうな場所を聞き出そうと学会場で神経内科医師に英語で聞いたのですが,ちっとも通じません. するとお聞きした先生の中の一人が “oh hammer! ”  と反応してくれました. 私はどう発音していたのかというとハンマーと言っていました. これは正しく英語で発音すると端的に ハマー です. 浜 であります. 日本人はtunnelをトンネルといいますが正しくは タネル であり子音が重なったときに促音化してしまう日本語の悪い癖ということになります.

もう一つ英語発音の失敗はMRIであります. うっかり中国の患者さんにエムアールアイといってしまったらそれはひょっとしてMRIのことかと聞かれました. どう発音したかといいますと エムアーアイであります. 中国のかたはちゃんとRの発音ができるのですが,われわれはRをアーではなくアールといってしまう. 半径のことを日本人はアーといわずにアールといっているのはむしろかっこいいと思えるが??? ドイツ人にこの話をするとどのような反応が得られるのでしょうか.

 

新発売複合神経診断装置 reflex hammer

新発売複合神経診断装置

腱反射を導出するために四肢の腱を叩打します.それに用いるのがこの装置ですが患者さんの体格の向上に対して十分な叩打力=重さがあるハンマーを作成する必要性を長年感じておりこのたび理想的な形態で製品を完成させることができました。試作は80歳も越えた鬼頭定明さんという鉄工所を1人でやってこられた方です. 音叉の精度を上げるために左右完全対称に作りましたから内蔵している針も同じものが二つです. さらに皮膚刺激用の突起も二箇所あり, BabinskiとChaddock を同時に刺激できるようになりました. この点も実用新案になっています.

製品のバリエーションとして音叉付きと柄だけのものがあって, 叩打部=ヘッドはこの刷毛を留めるネジで締め込む仕組みになっていますが相互に互換性があります. この点でシステムと名付けたわけでここも実用新案です. 固定ページにも詳しく書きましたのでそちらも参照してください.

ハンマー新発売

 

川久保賜紀さんヴァイオリンリサイタル2004年2月3日の記録

せっかく書いた文章を無くした.  おそらく二つ前のコンピュータがウイルス感染したときだ. 探している文章は初めて川久保賜紀 (かわくぼたまき) さんのヴァイオリンリサイタルに行ったときの感想文. 私が受けた新鮮な感動をおもむくままにつづった. 大切な文章を無くしてしまった. もうあれから何年が過ぎようとしているのか. 月日が経つのは実にはやい.  という文章を13年経過した本日ここに再推敲して書きました.

あれは2004年2月3日. 私はこの曜日だけ出張で市内を移動. この日はできるだけ仕事を減らしていた. 午後になって当日券の販売があるか電話で問い合わせると予定があるとのこと. しめしめ, あとは午後のduty を早めに切り上げることだ. 娘にヴァイオリンを習わせたのは私で, たまにはその娘に名曲を生演奏で聴かせなくてはというのと, 滅多にコンサートには出かけないのが, たまたま, 好きなフランクのヴァイオリンソナタが演奏曲であるリサイタルがあることを知ったから. 会場に着いてからソリスト川久保賜紀さんとは第12 回 (2002年) のチャイコフスキー国際コンクールに1位なしの2位に輝いた方と知った.
会場は愛知県芸術劇場コンサートホール. 開演は午後6時45分. 娘を自宅まで迎えに帰り再度車で会場へ. 30分以上前には会場に到着し二人分のS席5000円の当日券が買えた. 意外に良い席で, ステージ向かってやや右寄りで6列24番. これでもソリストからはかなり距離がある. 川久保賜紀さんは大変きれいな方であるが当方は最近とみに視力が低下し, この距離でははっきりお顔がわからなかった. ドレス姿は実にすばらしい. 私の娘はまだ小学校3年生であったが座高が低いので前に腰掛けているひとがじゃまでよく見えないといっていた. ショスタコービッチ「4つのプレリュード」に続いてフランク「ヴァイオリンソナタ イ長調」. この曲を生演奏で聴くのは2回目である. 日頃コンサート情報を見てはいないが知っている好きな曲目がないと出かけない. 会場はほぼ満席であった. ひとの息一つ聞こえないほど静まりかえったかと思うと曲が始まった. これほどの緊張を感じたことは最近にない. 期待と緊張. そしてすばらしかった. 私は男性が力強く弾いて, 音量のあるヴァイオリン演奏が好きだと思い込んでおり, とりわけオイストラフを愛聴しており, フランクヴァイオリンソナタはリヒテルとの競演が最高の芸術と確信していた. この先入観は見事に崩れ去った. ピアノ伴奏は江崎昌子さん. この曲はピアノも同等にvirtuoso 的要素がある. むろんバイオリンがリードする部分が多いのだが私のような素人でもバイオリンの速さにピアノが追いついていない部分があることがわかった. まあそんなことはご愛敬であるが. 第1楽章の終焉. ここで拍手をしたいがもちろん誰も拍手をしない. 私がすればみんなもしてくれるのだろうか. 子供の前でみっともないから止めとこう. 力強さ, 緩急自在, ゆっくり弾いた後を速く弾いて取り戻すいわゆる溜めて弾くようなところ, そしてこれ以上はないというロマンチックな, これ以上の甘美は無いといわんばかりの表現. しかし決して下品にしない, 甘美さの究極の表現. それが実現されている. さりげなく. そしてすばらしいステージマナー. ヴァイオリンを構えたり降ろしたりする動作がとても素早く, その点でしぐさの美しさを追究している. ピアノの伴奏を聞いている時には時々頸を強く振って調子をとる. 曲が盛り上がるところで左右足の重心を変えて, とりわけ左に重心を移して前に体を乗り出す様. しばしば顎の位置を変えてヴァイオリンをくわえ直す様などすべて美しい. その他には M ラベルのツィガーヌ, G ガーシュイン「ポギーとベス」組曲より4曲. そして終曲は P サラサーテのツィゴイネルワイゼン. ラベルもサラサーテも難曲であり, 何の奇をてらうことなく, 何の無理無駄なく弾き終えた. ブラボーの発声はなし.一人だけ一番前列のお客さんが立ち上がって拍手していた. 名古屋は厳しい!!
このように書きながら細かいことは忘れてしまった. そのあとに出かけたコンサートも記録はしていないので何となく記憶が混じり合ってしまった可能性もある. ただ私がこのとき受けた感動はものすごく大きかった. 今となっては本当に醒めてしまったとしか言いようがないが, この感動をもう一度と思う気持ちは消えない. 私の耳では耳障りな音は全くなく, 音がはずれるなどと言うことは全くあり得なかった. CDで聴く音楽とは全く異なる感動.
弱冠25歳の彼女がこのような大きなホールで, 大人数の観客を前にしてこのようなパフォーマンスが出来ると言うこと. そしてその与える感動がすばらしいということ. いったい私は46年間(当時)なにを生きてきたのか. たかだか25年で上り詰めたこの女性はいったいなになのか. この人の人生からなにを学ぶべきなのか. 結局, 私はしばらくの間この女性に夢中になり, いわば恋してしまったというわけだ. 当時は彼女の演奏はチャイコフスキーコンクールの生録音のCDしか出ておらずしかも売り切れていた. しばらく間は狂おしい悶々とした日々が続いたのであった.

 

HP に書物のコピーは良いのか

いざコンテンツを作成するとなるとどうしても画像にたよります. 文章を直接読めるようでなければこんな感じと言って書物雑誌の部分コピーを載せることは許可してほしいところですよね.