負のスパイラル 1

2 年ほど前の冬期に私の体に最初の異常が出現した. 右の親指の先の感覚がおかしく, 入浴して十分に暖まっても回復しないのだ. これはその周辺に徐々に広がるとともに, 長時間の座位で右下肢に異常な感じが出るようになった. 倦怠感とも痛みとも付かぬ嫌な感じである. 坐骨神経痛と考えたが, 時間が経過するにつれて症状は変化. 座位から立位に移るときに大腿部含めて強い倦怠感と力が入りにくい感じがするようになったのだ.それ以外には歩行したあとに使用した筋がピクピクするようになった. 現在でも普通に歩行はできるが長時間の歩行や立位は下肢に倦怠感や言葉に言えない不快感を催させる. これらは神経内科での主訴であるので自分の領域の疾患であると考えてきたが, いまだに診断が付かない. 最初の1年間は腰椎 MRI, 胸部 CT, 全身 PET CT, 針筋電図, 神経伝導検査,各種採血, 家族性アミロイドーシスの遺伝子など可能性がある疾患の検査を受けてきたが異常が無い. 麻酔科の先生には早期から慢性疼痛を示唆された. 運転は40分を超えると右下肢の違和感と疲労が激しいが. 車を換えてからは改善している.

脚の症状は私の精神をむしばんだ. 私は鬱状態に陥った. 体を動かしたくないので真っ先に家に帰りたい. できるだけ仕事をしたくない. 負担に感じる仕事は断りたい. 人に会いたくないのでメールか zoom にする. 脚のことを気にしては眠れないだろうと思い込んで睡眠薬を常用することにした. 睡眠薬のほとんどはベンゾジアゼピンであるが日中にはむしろ抑鬱は増悪する. これは負のスパイラルである. 症状によって常に脚の方に気をとられるので集中力は無い. 休日の過ごし方として自分の趣味に向かえば多少は脚のことを忘れる. 本格的な鬱症状として趣味に対する興味の消失が言われており, これはバロメーターになる. 鉄道模型に向かえば脚のことは忘れるが塗装などのやっかいなことはもとよりやる気が出ない.

草軽デキ 12, 栃尾電鉄デキ 50, 名鉄デキ1 (モデル 8) 生地完成

草軽デキ 12 (ワールド工芸キット HOn)

9mm ゲージのキットに初めて挑戦したが全く難しかった. 先従輪の絶縁車輪がわずかなひずみでボディーと接触しショートする. スムーズに走らせるには相当な腕が必要だ.

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栃尾電鉄デキ 50 (ワールド工芸キット HOn)

上記を凸型に改造したものである. キットの構成は上記とはまた異なるがやや作りやすかった.

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名鉄デキ 1 (モデル 8 製キット)

ギヤが割れており, 修復に大変な工夫を要した. 古いキット作製にはそれなりの苦労がある.

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名鉄デキ 1 完成 (鉄道模型社キット)

ヤフオクで手に入れた名鉄デキ 1 のキットを完成させました. 完成品の出品は時々見かけますがキットは珍しいと思い, うっかり大枚をはたいてしまいました. 実車はSiemens Schuckert  (1924年) 製の輸入電気機関車であり, そのコレクションはさらに充実しました.

モーターは入っていなかったので手持ちの古いカツミ製が役に立ちました.

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国鉄トム60000 (ホビーモデルキット)完成

国鉄トム60000 キット

ホビーモデル製のキットを作製しました. 2 輛組のプラスティック製のキットです. 二軸ですが驚くべき事にイコライザー機能があります.下の組み立て説明図を見て下さい. 完成品ではわかりにくいのですが, シーソー構造で1軸が可動になっています. 接触しないように工夫しないとうまく稼動しません.

ブレーキシューはタイヤと接触する可能性があり, トビカトップガードは通電性があるために絶縁側のブレーキ装置にはマスキング塗料を塗ってあとで剥がすという手間がかかっている. デカールは入っていなかった.

国鉄トム60000 (ホビーモデルキット) 作製へ

名鉄 3850系 (モ3850 ク2850) 一次完成

生地完成後, 塗装, 点灯工作も行いました. まだ完全な完成とは言えません. というのはレタリングがされていないからです. 適切なインレタを持ち合わせておらずここでストップ. 鉄道模型キットは組み立て⇒洗浄⇒塗装⇒窓ガラス⇒点灯工作⇒インレタないしはナンバーとプロセスが多過ぎて, しばしば中断を余儀なくされる難渋な趣味なのです. キット作製へ

名鉄 3850系 生地完成

ずいぶん前に買ってあった谷川製作所の名鉄 モ3850+ク2850 キットを生地完成まで持ってきました. 元々電車にはあまり興味がなく, 中古のキットで, 名鉄は地元なので何でもいいからと買い置きしておいたのです. 客車はたったの 1 輛のみ経験はあったのですが, ウィンドウシル/ヘッダーの半田工作だけで懲りて放置したままでした. 今回は半田メッキを多用し, 半田を付けすぎないように工夫し,十分なキサゲ作業をした結果, まあまあ満足できるレベルになりました. 事前に見たいくつかの you tube が大変参考になりました. キット作製へ

零式艦上戦闘機

10 年ほど前に買ってあった日本海軍零式艦上戦闘機 1/48 TAMIYA のプラモデルを作った. 最近, 私は脚の痺れが気になって鬱気味であり, 脚の不快感から逃れるには何かに熱中するしかない. かといって鉄道模型工作はあまりに面倒でやる気がしないのだ. 新たにお金をかける意欲ないので買ってあったプラモデルを作ることにした. デカールにひびが入っていたり, 接着せずに剥がれてしまったりなど, 経年放置が裏目に出て, 仕上げはうまくできなかった. モーターでプロペラが回転する構造で, ディスプレイできる. 背景は小さいので機体をアップに撮影しないとはみ出てしまう. 塗装がうまくないのは鉄道模型と同じだ. ちなみにこの機体は航空母艦赤城戦闘機所属 飛行隊長 板谷茂少佐搭乗機であり, ハワイ攻撃時のものである. 明灰白色が推奨だが手元にあったアルミシルバーで塗装した.

エアブラシのエアが出ない

久しぶりにエアブラシで塗装をしようとして引き金を引くとうんともすんとも言わずエアが出ません. そこで中心を通している針を抜いてみたのですが全く出ないのです. 針を抜いてもエアが出ないと言うことはノズルより手前で閉塞しているのかなと考え, 分解してエアの通り道を見たのですが特に異常はなさそうです. ネットで調べるとノズルの調子が問題のようなのでまずはノズルを外して引き金を引きますとエアは出ました. そうですノズルのつまりが原因だったのです. 実はエアブラシの構造は中心の針が通っている部分はエアの通り道ではなく, 純粋に塗料の通り道で, エアの通り道はその周りに別にあるのです. これはまさに青天の霹靂, 勘違いでした. 構造は昔からある霧吹きの原理と同じで, 毛管現象で液体があるところに空気を送って霧状にしているのです. 当然ノズルを掃除しますと改善しました. と言うわけで今回はノズルの清掃がいかに大事かを改めて知ったという話でした. このことの納得のいくようなエアブラシの構造が表現されている図は次のサイトにありますが, 私の体験が書かれているわけではないです. エアブラシのトラブル対処法

夢屋, 近鉄/吉野電気鉄道 デ52 キット完成

夢屋のキットをほぼ完成させました. もう少し塗装を整えないといけないのですが力尽きています. 妻面が 3 つ折れかつエキゾティックな丸窓を有し, 輸入電気機関車の風情を感じる国産品です. 工作には大変苦労しました. 何しろ説明書があまりにも簡単で, どう工作して良いのかわからず各自に任せるという感じです. モーターと台車枠, インサイドギヤ, 車輪の組み立て順が極めてヘンテコで知恵の輪のように考えなくてはいけません. まあこうして完成してみると苦労しがいがあったと思わせる上出来の外観と走行性能で, そういう意味では良くできたキットと言わざるを得ません.

近鉄デ52 製作記

 

日本初の電気機関車とは

最初の輸入電気機関車は EC 40 ?, 最初の国産電気機関車は?..などと電気機関車の歴史には様々な切口がある. 嚆矢(こうし)と言う言葉があり, 物事の始まりを意味するらしい. 様々な文章で, 「日本における電気機関車の導入例は, 足尾銅山において1891年[1]に電気機関車を走らせたのが嚆矢とされている.」といった記述を見かける. Rail Magazine 39 (1987) p58 には黎明期の電気機関車という西  裕之氏の文章があり, この点が詳しく書かれてあった. 明治 28 年に東京で内国観業博覧会というのが開催され, ブリル社製のスプレーグ式電車 2 両が会場内で運転され市民が試乗したとのこと. その翌年 (明治29, 1896年) には足尾銅山で電気鉄道が坑外運搬を行ったことを古河鉱業操業100年史, P133, 昭和51.3 から引用し, 実用的電気鉄道はこれが最初に間違いはないであろうとしている. 同論説によると銅山の電気技師の宮原熊三が中心となってGE (ゼネラルエレクトリック社) 製品の輸入一手販売権を持っていた岩垂邦彦 (後に日本電気を設立した) から入手した GE 製電気機関車の図面を模倣して足尾銅山工作課が製作したという国産電気機関車であった. もしこれが本当であれば国産初の電気機関車はアプト式よりはむしろこちらということもいえる. ちなみに足尾銅山のその後の車両は電化にも寄与したジーメンス・ハルスケである. 最初の電気機関車の形態はその後のマイニングロコに見られるような L 字型ないしはその変型と思われる. 我々の中国のことを知的財産権を犯しがちなものまね国家とレッテルを貼っているが, 日本と同じ歴史をたどっているだけなのかも.