川久保賜紀さんヴァイオリンリサイタル2004年2月3日の記録

せっかく書いた文章を無くした.  おそらく二つ前のコンピュータがウイルス感染したときだ. 探している文章は初めて川久保賜紀 (かわくぼたまき) さんのヴァイオリンリサイタルに行ったときの感想文. 私が受けた新鮮な感動をおもむくままにつづった. 大切な文章を無くしてしまった. もうあれから何年が過ぎようとしているのか. 月日が経つのは実にはやい.  という文章を13年経過した本日ここに再推敲して書きました.

あれは2004年2月3日. 私はこの曜日だけ出張で市内を移動. この日はできるだけ仕事を減らしていた. 午後になって当日券の販売があるか電話で問い合わせると予定があるとのこと. しめしめ, あとは午後のduty を早めに切り上げることだ. 娘にヴァイオリンを習わせたのは私で, たまにはその娘に名曲を生演奏で聴かせなくてはというのと, 滅多にコンサートには出かけないのが, たまたま, 好きなフランクのヴァイオリンソナタが演奏曲であるリサイタルがあることを知ったから. 会場に着いてからソリスト川久保賜紀さんとは第12 回 (2002年) のチャイコフスキー国際コンクールに1位なしの2位に輝いた方と知った.
会場は愛知県芸術劇場コンサートホール. 開演は午後6時45分. 娘を自宅まで迎えに帰り再度車で会場へ. 30分以上前には会場に到着し二人分のS席5000円の当日券が買えた. 意外に良い席で, ステージ向かってやや右寄りで6列24番. これでもソリストからはかなり距離がある. 川久保賜紀さんは大変きれいな方であるが当方は最近とみに視力が低下し, この距離でははっきりお顔がわからなかった. ドレス姿は実にすばらしい. 私の娘はまだ小学校3年生であったが座高が低いので前に腰掛けているひとがじゃまでよく見えないといっていた. ショスタコービッチ「4つのプレリュード」に続いてフランク「ヴァイオリンソナタ イ長調」. この曲を生演奏で聴くのは2回目である. 日頃コンサート情報を見てはいないが知っている好きな曲目がないと出かけない. 会場はほぼ満席であった. ひとの息一つ聞こえないほど静まりかえったかと思うと曲が始まった. これほどの緊張を感じたことは最近にない. 期待と緊張. そしてすばらしかった. 私は男性が力強く弾いて, 音量のあるヴァイオリン演奏が好きだと思い込んでおり, とりわけオイストラフを愛聴しており, フランクヴァイオリンソナタはリヒテルとの競演が最高の芸術と確信していた. この先入観は見事に崩れ去った. ピアノ伴奏は江崎昌子さん. この曲はピアノも同等にvirtuoso 的要素がある. むろんバイオリンがリードする部分が多いのだが私のような素人でもバイオリンの速さにピアノが追いついていない部分があることがわかった. まあそんなことはご愛敬であるが. 第1楽章の終焉. ここで拍手をしたいがもちろん誰も拍手をしない. 私がすればみんなもしてくれるのだろうか. 子供の前でみっともないから止めとこう. 力強さ, 緩急自在, ゆっくり弾いた後を速く弾いて取り戻すいわゆる溜めて弾くようなところ, そしてこれ以上はないというロマンチックな, これ以上の甘美は無いといわんばかりの表現. しかし決して下品にしない, 甘美さの究極の表現. それが実現されている. さりげなく. そしてすばらしいステージマナー. ヴァイオリンを構えたり降ろしたりする動作がとても素早く, その点でしぐさの美しさを追究している. ピアノの伴奏を聞いている時には時々頸を強く振って調子をとる. 曲が盛り上がるところで左右足の重心を変えて, とりわけ左に重心を移して前に体を乗り出す様. しばしば顎の位置を変えてヴァイオリンをくわえ直す様などすべて美しい. その他には M ラベルのツィガーヌ, G ガーシュイン「ポギーとベス」組曲より4曲. そして終曲は P サラサーテのツィゴイネルワイゼン. ラベルもサラサーテも難曲であり, 何の奇をてらうことなく, 何の無理無駄なく弾き終えた. ブラボーの発声はなし.一人だけ一番前列のお客さんが立ち上がって拍手していた. 名古屋は厳しい!!
このように書きながら細かいことは忘れてしまった. そのあとに出かけたコンサートも記録はしていないので何となく記憶が混じり合ってしまった可能性もある. ただ私がこのとき受けた感動はものすごく大きかった. 今となっては本当に醒めてしまったとしか言いようがないが, この感動をもう一度と思う気持ちは消えない. 私の耳では耳障りな音は全くなく, 音がはずれるなどと言うことは全くあり得なかった. CDで聴く音楽とは全く異なる感動.
弱冠25歳の彼女がこのような大きなホールで, 大人数の観客を前にしてこのようなパフォーマンスが出来ると言うこと. そしてその与える感動がすばらしいということ. いったい私は46年間(当時)なにを生きてきたのか. たかだか25年で上り詰めたこの女性はいったいなになのか. この人の人生からなにを学ぶべきなのか. 結局, 私はしばらくの間この女性に夢中になり, いわば恋してしまったというわけだ. 当時は彼女の演奏はチャイコフスキーコンクールの生録音のCDしか出ておらずしかも売り切れていた. しばらく間は狂おしい悶々とした日々が続いたのであった.

 

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